災害医療の現場からの考察
横浜市医師会常任理事(救急・災害担当)
西山貴郁

はじめに

 熊本地震は、平成28年4月14日と16日の2回にわたる震度7を記録した地震でした。熊本市行政で立てられていた防災計画の想定通りの被災であり、人的被害は少なかったものの、避難にあたっての混乱や、震災関連死が問題となりました。被災後2週間が経過した時点で医療救護隊として活動した経験から、横浜での被災時の心構えを記しておきます。

熊本地震医療救護隊の体験から

情報収集

 テレビ番組などでは、現地で例外的な一番悲惨な映像を撮り、実情を大げさに報道するという手法が確立されているため、情報収集には慎重を要します。今回の派遣に際してはNHKオンライン熊本放送局の熊本地震情報を活用しました。情報源が行政や公共機関からの発表に基づいているため、誇張などがなく、信頼できると判断しました。実際の知人などから情報収集ができるとさらに精度が増します。

医療救護隊の活動

 横浜市医師会は、神奈川県行政からの依頼を神奈川県医師会経由で受諾し、全国知事会医療救護班を2隊、JMAT(日本医師会災害医療チーム)を1隊派遣しました。災害急性期の即応部隊であるDMAT(災害派遣医療チーム)の活動を引き継ぎ、慢性期の医療提供や本部機能提供など、派遣された際に必要とされる事項を提供する医療資源として活用されました。全国知事会の2隊は巡回診療と環境評価を中心に行い、JMATの1隊は本部機能の補完を行いました。

避難所の実情

 熊本市では、公立私立、小学校から高校まで、様々な学校や官庁、体育館などの公共施設が避難所となっていました。学校の中には、教職員だけでの避難所運営となってしまっており、教員が疲弊している学校も見られました。

 ほとんどの学校では体育館のみが避難所となっていましたが、一部教室を開放している学校もありました。寝るための毛布などはゴールデンウィークの暖かい時期でもあり十分でしたが、段ボールベッドや目隠しの骨組みなどは避難所により配置の差がありました。

 食料の配給は十分でしたが、偏りが大きく、菓子パンとカップの汁物ばかりが配られていました。ただし、2週間も経過すると物流は再開しており、コンビニエンスストアで弁当を調達することもできました。また、一部の避難所ではカセットコンロの持ち込みがあり、食品衛生上有効と思われました。

巡回業務

 2週間経過した昼間には、避難所に残っている方は非常に少なく、診療の機会も多くはありませんでした。あっても湿布処方程度のことであり、主な業務は避難所の環境評価という、保健師さんの業務と重複する内容でした。トイレ、食事、土足の有無など、避難所の潜在リスクを見極め、必要であれば指示や報告を行いました。

災害関連死への対策

 災害発生の後に、災害がなければ起こらなかったと考えられる死亡を災害関連死と呼ぶことになりました。災害関連死への対策は詰まるところ、日常生活への復帰を早めることに尽きます。日ごろから、災害があった際にも慌てず、日常に近い生活を万が一の避難先でも送れるように、持ち出し物品をそろえておきましょう。

 災害の直接死にも、日ごろの備えが重要です。主な死因は建物の倒壊や落下物と火災です。住宅の修繕や補修など、横浜市行政が行っている補助金事業もありますので、できることから進めてみてください。

自助共助を支援する補助金制度一覧(横浜市 災害 補助金 で検索可能です)

 日ごろの備えを行っても、災害は想定を超えることもあります。災害時の備えが万全であることは、個人でも行政でも難しいものです。万全ではなくても、少しでも進める、いざ発災した折にはできることをやっていく、今あるものをどう活用するかの、ボーイスカウトなどのようなサバイバルに近い考えも重要です。

 被災した折には、皆様だけではなく、行政機関や職員、我々医療関係者も被災します。普段行われていたサービスは格段に低下するものと思ってください。そのなかで優先順位をつけて任務を遂行することになります。業務力低下を、他都市との協定で補うよう、医師会でも努力をしています。

医療関連の備え

 普段持病がおありの方は、薬を非常持ち出し袋に1週間分貯めておいてください。一緒にお薬手帳のコピーも入っていると、遠方から来た医師の診察の際に助かります。また、特に糖尿病や腎臓障害の方ですが、食事を抜いた際の治療薬の使い方を主治医に聞いておいてください。被災直後には食事がとれないことも想定されます。

横浜市の震災の想定

 横浜市総務局では、横浜市に甚大な被害を及ぼす可能性のある震災を想定しています。沿岸部、古い街並みと内陸部、新しい街並みとではだいぶ想定が異なります。一度皆様のお住いの地区の想定をご確認ください。

横浜市地震被害想定調査報告書

 今回講演をさせていただいた旭区は、比較的被害想定が軽い地域です。それでも傾斜地の近くや消防車が入りにくい古い住宅密集地もあります。是非、散歩の折や通勤通学の折に、時々、今発災したら?との危機意識を持って、どこにいれば安全なのか、シミュレートしてみてください。

まとめ

 熊本地震は、横浜市旭区が被災する可能性がある、比較的広範囲での、建物倒壊の多い、死亡例は少ない地震でした。阿蘇地区や震源地の益城町以外では、1週間も経過するとインフラは再開しており、2週間経過するとほぼ日常生活が再開していました。熊本地震では、JMAT部隊の大半は熊本県内から、また、九州圏域からも多数のJMATが投入され、活動していました。

 横浜市が甚大な被災を受けた際には、おそらく沿岸部に影響が強く出ます。状況によっては旭区からもボランティアが編成されることになるでしょう。今回の熊本地震にあたって、日ごろの備えと自分でできることの見極めが重要であると考えました。